伝わること、伝えること、伝えるべきこと

世界中でおこったNEWSが、ネット上を飛び交ってる。





技術の進歩とともに、その速度は、目を見張るばかり。

日々のNEWS、天候、地震はもちろんのこと、道路の渋滞情報まで刻々と移りゆくレアな情報を知らせてきます。


最近は、iコンセルジュなるドコモのサイトからかなりの頻度で、JRや阪急阪神の遅れを知らせるメールが。原因は、ほとんど人身事故。


現代の光と闇。



将来を嘱望された、優秀な科学者までも・・・。




大昔なら、こんなことは到底考えられないことでしょう。宮本武蔵が天下に名だたる剣豪であったことは今の時代に伝わっているけれど、ラジオもテレビもネットもない時代。おそらく、最初は数人の人たちが見聞きした事実が、「すごいもんみた!すごいお侍がいる」って、野山を駆け巡り、尾ヒレをつけて口伝えに伝わっていったにちがいないです。


釈迦やキリストやムハンマドが話し伝えたことが、弟子たちによって、暗記、記録され、口伝えで伝承されて、様々な祝福と禍、幾多の宗教戦争を経て、現在にいたっていることを思うと、「伝達」の影響力と重要性は、現在だけでなく未来永劫に多大な影響をもたらすんですね。


「情報」=「力」。


その速度と正確さと拡大浸透力は、昔とは比べるべくもないです。が、「間違って」、あるいは「誇張して」、伝わった際の未曾有の禍は計り知れない・・。

身の回りにあるすべてのもの。椅子や、机や服やコップも、コーヒーもクーラーも、冷蔵庫も自動車もパソコンも、人類が「あったらいいなあ」って、必要と思うことを思考錯誤、時間と努力と犠牲を積み重ね、実現してきたのでしょう。



伝えるべきこと、伝えたいことを間違えないようにしないとって、あらためて思うのです。