飲めない、いや、飲まない訳

そろそろ忘年会やクリスマス、宴会のシーズンですね。胃腸薬をポケットに入れて、ウキウキ酒場に向うこの時期が大好きな方も多いかと・・嵐やAKBの唄の振り付けを練習したりね。仲間とワイワイ盛り上がる雰囲気は、何物にも代え難い。


何を隠そう、私は下戸です。お酒を飲めない、いや、ほとんど飲まないのです。







宴会やパーティなどの席にいっても、お酒に口をつけることも、ほとんどありません。

親友のH川さんに、「なんでお酒を飲まへんの?人生の幸せのひとつを放棄しているよ」といわれたことがあるくらい。

確かに、酔いが回り始めたころのフワァとした感覚が気持ちよいのはよく解ります。気持ちよくなって、普段の2倍くらい明るくなって、お互いの本音を出し合い、腹をみせ合うコミュニケーションで、仲が良くなったり、商談がまとまったり。すばらしい!




飲まないのは、ひとつには、ある一線を越えると気分が悪くなるから。
体質的にアルコールを分解する酵素が少ないのでしょう。それでもビールやワインの一杯くらいは平気で飲めます。飲めますが、進んで飲もうとは思いません。

反面教師。

これは、やはり幼い頃、九州男児で大酒飲みであった父親を見て育っているせいだと思います。親戚に父の若いころは、それほどでもなかったように聞いています。が、歳を重ねるごとにひとは変化していく。

「酒は飲んでも、飲まれるな」

お酒を飲んで、気分が良くなっているくらいはいいのですが、ある線を越えるとよくない。素面の父はいい人でした。天国で笑っているかもです。飲まないことで、たくさん損もしてきたな・・個人的なことを書いてしまいました。ごめんなさい。


でも最近、飲んで我を忘れたいなと思うことも多くなりました。酔いが醒めて、現実が待っていようとも、飲んで忘れてしまいたいことが時としてある。


でも、それは逃げでしか過ぎず、何かに頼るようになったら、それは甘えなのだろう。

人生は短い。大切な人と、好きな仕事を追求して正面からぶつかる。

行動することでしか、道は開かない。


この一瞬も、時間は止まらない。







いつも、お読みいただき感謝しています。